境内のご案内Site

山頂本堂

不動寺本堂

高祖弘法大師奉安の倶利迦羅不動明王が祀られており、日々護摩法が御修法される境内の中心です。ご本尊不動明王を始め阿弥陀如来、聖観音菩薩、毘沙門天、善無畏三蔵法師、弘法大師など多数の仏さまと祖師がお祀りされております。

度重なる災厄により明治以降は本堂と呼べる建物はなかったのですが、昭和24(1949)年と25年に高野山管長をお務めになられた金山穆韶大僧正が倶利迦羅不動明王を参詣されると本堂復興の気運が高まり、倶利伽羅集落や諸々の皆さまの力添えを得て金沢の卯辰山にある了願寺・忠魂祀堂を解体して山頂まで運んで建立されました。昭和28(1953)年の仮落成の後、昭和35(1960)年に境内が整い復興10周年記念事業を完成いたしました。

御前立不動明王 滋賀県/小林 宏仏師作

奥之院おくのいん

今から約1300年前に、善無畏三蔵法師が敬刻された倶利迦羅不動明王が奉安されております。
この建物は旧河北郡笠谷村村長であった山本正雄氏が寄附されたもので、もとは高松小学校(現・かほく市)御真影奉安殿でした。倶利伽羅集落のご尽力により昭和25(1950)年に倶利迦羅不動堂という名で落慶され、50年ぶりとなる御本尊御開帳が執行されました。

ちょうど石川県と富山県(旧加賀と越中)の県境に立っており、さながら両県をまたがって私たちをお守りされているようにも思えます。 今では、こちらのご本尊さまは3年に一度、秋口に御開帳されております。

厄除錫杖やくよけしゃくじょう

施無畏堂の入口にある二本の錫杖は、智杖徳杖(ちじょうとくじょう)ともいい、最高の位をもつ錫杖です。錫杖を持ち上げながら「南無大日大聖不動明王」と唱えながら三度降り下ろすと、私たちがこれから進む前途の諸々の苦厄を払い除け身体をお守りいただけます。

五重之塔ごじゅうのとう

五重之塔は全ての諸仏諸菩薩を来迎する塔で、中央に金剛界大日如来をお祀りし、塔の中には信徒各位のお写経が納められています。高さ約8メートルの朱塗りの塔からは、砺波平野・小矢部市が一望でき、晴天の時には立山連峰が望め絶景です。

和光塔わこうとう

明治元号100年を記念して建立された白亜の塔で、塔内には大日如来と修行大師が奉安され壁面に四国八十八ヶ所の御本尊が掲げられています。塔下には八十八ヶ所霊場のお砂が納められ、塔を一週いたしますと四国霊場を巡拝するご利益を頂けるとされております。

この場所はもと五社権現のうちの一社である御影堂が建っていた所で、昭和44年(1969)年に金沢美術工芸大学の米田重博教授が法隆寺の百万塔を模してデザインされ、芝寿し(金沢市)社長の梶谷忠司氏の御尊父である梶谷善郎氏の寄進によって建立されました。

鳳凰殿

主殿 三仏堂

内陣には、不動明王を中心に、薬師如来、千手観音などが奉安され、日々護摩法が修法されています。
須弥壇下は「戒壇めぐり」となっています。戒壇めぐりとは、須弥壇下の回廊を巡り、中程にある「如意宝珠」に触れることで、真上におられる御本尊さまと結縁を果たし、「密厳国土へお導きいただく」という約束をされる道場です。

  • 千手観音
  • 不動明王
  • 薬師如来

右翼殿 不動堂

弘法大師が唐より帰朝の折、大時化にあい、恵果阿闍梨より授けられた不動尊に一心の祈りを込めて、その難を免れたことは有名で、その折りの「波切不動尊」の同体分身を高野山より勧請し、日々に参拝者の交通安全と災難除が祈願されております。

堂内には、生まれ年の御縁により、私たちを守護して下さる八体仏(松久宗琳仏師作)がお祀りされています。

  • 浪切不動明王
  • 八体仏/大日如来(青銅) 京都府 松久 宗琳仏師(原型)

左翼殿 阿弥陀堂

阿弥陀如来を主尊とする供養殿で、日々にご法楽、施餓鬼等の供養法が修法されています。 高野山の国宝「阿弥陀聖衆来迎図」をもとに、浄土から阿弥陀如来が数々の眷属と共に来迎するさまを立体的にあらわしております。

脇仏は、勢至菩薩、観音菩薩をはじめとする諸眷属がお祀りされています。

  • 京都府 / 長谷 法壽仏師 作 阿弥陀如来
  • 勢至・観音菩薩並びに眷属 滋賀県/小林 宏仏師作 平成30年完成予定

信徒会館